価値について

今回は

価値の本質

 

(人はなぜそれを買うのか=何に対して対価を払うのか)

について考えてみます。


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たとえば、繁華街にある、とある喫茶店。
スターバックスのような洒落た雰囲気でもなく、コーヒーの味にこだわっている

店でもないのに、なぜか混んでいます。
客は思い思いにスポーツ新聞を読んだり、大衆雑誌を読んだりしています。
言われてみれば、そんな喫茶店、よく見かけませんか?

もう少し観察してみましょう。

しばらくすると、スーツ姿の男性客が、注文したコーヒーを飲み終わり、新聞も読み終わったらしく、おもむろに立ち上がりました。
伝票を持ってレジに行き、500円を支払って店を出ていきました。

ここで問題です。


この男性客は、何に対して500円を支払ったのでしょうか。

「コーヒーを注文したんだから、コーヒー代を払ったに決まっているじゃないか」

確かにそうです。

この男性客はコーヒーを注文しました。

その証拠に、伝票には
「コーヒー 500円」
と書いてあります。

でもこの男性、コーヒーを飲みたくて喫茶店に入ったのではないかもしれません。
喫茶店に入った本当の理由は、
「営業回りの合間に、一息ついて、新聞を読みながら、すこしリラックスしたかった」

「ちょっとのあいだ、仕事をサボりたかった」

ということなのかもしれません。

つまり、この男性が支払った500円は、コーヒー代ではなく、
「リラックスして時間つぶしができたという価値」
に対する、代金なのかもしれません。

言い換えると、この喫茶店はコーヒーを売っているのではなく、本当は

「仕事の合間の束の間の休息」

を売っている…。
伝票に書かれていたコーヒーは、その象徴ということになります。


伝票に

「仕事の合間の束の間の休息」

と記載するわけにもいかないでしょうしね。

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このように、
「実際に売られているもの(目に見える)」

「本当に提供されている価値(目に見えないことが多い)」
とが異なっている例は他にもいろいろあります。

クルマもそうでしょう。
クルマは、もともと人や荷物を運ぶための道具です。
しかし、買う側は、人や荷物を運びたいからクルマを買うわけではないかもしれません。

デートをするカップルにとっては、クルマは

「親密になれる空間を提供してくれるもの」

になるでしょう。

家族のお父さんにとっては、クルマは

「ひとりになってホッとする場所を提供してくれる存在」

だということもできます。

そういう理由で実際にはクルマを買うかもしれないのです。

つまり

「親密になれる空間」

「ひとりになってホッとする場所」

に対して、人は 高い代金を払っているのかもしれません。

なぜなら、現代の人々にとっては、そうした空間や場所は、高いお金を払ってでも

手に入れる価値があるからです。

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食育ビジネスを考える際も、こうした

価値の本質

(人はなぜそれを買うのか=何に対して対価を払うのか)

を問いかけながら、やっていくようにします。