10年前と今の食育を比べてみると、いろいろと変化しているのが感じられます。
たとえば、食育の現場で「食事バランスガイド」を見かける機会がめっきり減りました。
「地産地消」という言葉を使う人も減っている感があります。
食育の世界にもトレンド、すなわち流行り廃り(はやりすたり)がある、ということなのでしょう。
「食事バランスガイド」「地産地消」のほかに、たとえばどんな言葉が消え、どんな言葉が残り、どんな言葉が新しく生まれているのか、見てみましょう。
<目次>
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1.消えそうな言葉の例
- ロハス
- フードマイレージ
- ミツバチ問題
<ロハス(LOHAS)>
Lifestyles of Health and Sustainability の各単語の頭文字をとった略語で、「健康で持続可能」という意識の高いライフスタイルを象徴しています。
食育に限定した言葉ではありませんが、健康であるためには食への関心を欠かすことができず、持続可能であるためには「地球の反対側から食料が運ばれてくるような状況を心配する姿勢」も欠かせないため、食育とは縁の深い言葉だとされていました。
10年前はよく話題にのぼっていましたが、昨今、この言葉が使われることはほとんどないようです。
理由としては、国連が提唱している「SDGs(持続可能な開発目標)」のような新しい用語に置き換わっている、といたことが考えられます。
<フードマイレージ>
主に海外から運ばれてくる食料(輸入食料)について議論するときに使われていました。
「食料の重さ x 運ばれてくる距離」で定義されています。
重いものを遠くから運ぶほど、運送のために消費される燃料が多く(地球資源の消費)、排気ガスも発生します(大気汚染+地球温暖化)。
日本は大量の食料を海外から輸入しており、しかも品目によっては地球の反対側のブラジルから運ばれてくるものがあります(大豆など)。
そのフードマイレージを総計すると数千億キロ・トンになると言われていますが、この数字は世界最大とされています。
この言葉も、昨今耳にすることはほとんどありません。
<ミツバチ問題>
何年も前から、世界的にミツバチが減少していることが問題となっています。
農作物が受粉して実をつけるには、ミツバチによる媒介が欠かせません。
そのため、ミツバチの減少は人類の食料生産を脅かすことになります。
なぜミツバチが世界的に減少しているかはよく分かっていませんが、人間が生み出した農薬などの化学物質に原因の一端があるのではないかと言われています。
さて、以前は食や食育に関するメディア記事などで「ミツバチ問題」がさかんに取り上げらていましたが、昨今はその頻度が大きく下がったように思われます。
ミツバチの世界的な減少は現在も続いています。
つまり問題は解決していないのですが、この危機に対する我々の感受性が鈍くなっているのかもしれません。
2.残りそうな言葉の例
- 孤食
- スムージー
<孤食>
食育基本法という法律ができてから数年のあいだ、いわゆる「食育教室」が全国各地でさかんに行われました。
自治体が主催するものもあれば、企業が主催するもの、協会などの団体が主催するものなど、さまざまな食育教室が開かれましたが、それら食育教室の定番アイテムのなかに、「コショク」があります。
なぜカタカナで表記したかというと、「コショク」には
- 孤食(一人ぼっちで食べる食事。「家族団らんの食事」の反対語)
- 個食(家族が同じものを食べるのではなく、バラバラなものを食べること)
- 固食(いつも同じものばかり食べること)
など、複数の「コショク」があったからです。
あれから10年以上がたち、昨今は「孤食」以外の「コショク」は見かけなくなりました。
ですが「孤食」だけは生き残り、いまでもときどき使われています。
<スムージー>
今でこそスムージーを知らない人はまずいないと思われますが、前述の「食育基本法ができたころ」、まだスムージーはたいへん珍しいものでした。
アメリカに「ジャンバ・ジュース」というスムージーの全国チェーンがありますが、当時の日本の人々はアメリカに旅行したり出張したりしたときに、このジャンバ・ジュースの店で初めてスムージーを体験していたようです。
ジャンバ・ジュースのスムージーは
- 生の果物を使っている(素材の全てを含んでいて食物繊維もある)
- 加熱していない
- 希望の栄養素を追加することができる
という理由により、優れた健康飲料と見なされていました。
そのことから、スムージーは食育にもなるという印象が生まれ、日本にスムージーが知られてきた際にもその印象が定着しました。
(スムージーが健康に良いかどうかについては、現在は賛否両論あります)
3.新しい言葉の例
- 機能性食品
- ハラルフード
- グラスフェッド
<機能性食品(※)>
2014年に「機能性表示食品」の届出制度が始まって以降、だんだんと認知されてきている言葉です。
ビタミンCなどのビタミン、カルシウムなどのミネラルを一般に「栄養素」と呼びますが、これに対してアントシアニンやリコピンなどは「機能性成分」と呼ばれます。
機能性成分を多く含む食品を、「機能性食品」と呼びます。
ビタミンCやカルシウムといった言葉は昔から知られていますが、アントシアニンやリコピンといった言葉は比較的新しい言葉です。つまり新奇性があります。
同じ食品を販売するのに「ビタミンCが豊富」というより「リコピンが濃く含まれる」と言うほうが、買い手の気を引くことができると期待されています。
<ハラルフード>
イスラム教の戒律に従った食べもののことで、豚肉とアルコールが「厳密に」禁じられています。
「厳密に」というのは、たんに豚肉を取り除けば済むものではない、ということを意味します。
たとえば過去に1度でも豚肉を調理したフライパンは、2度とハラルフードの調理に使えません。
さて、ハラルフードという言葉は、ここ数年で急速に一般化したように思われます。
理由としては、日本を訪れる観光客が増えてきており、当然、その中にはイスラム教信者も含まれているため、日本全体としてハラルフード対応を迫られているという状況があります。
<グラスフェッド(grass-fed)>
もともとはアメリカの畜産の言葉。
人工的に配合した飼料を与える従来の育て方ではなく、自由に動き回れる自然環境で放牧し、牧草を食べさせて牛などを育てることを言います。
そのような牛の肉は「グラスフェッド・ビーフ」、そのような牛の乳は「グラスフェッド・ミルク」、グラスフェッド・ミルクから作られたバターは「グラスフェッド・バター」と呼ばれます(※※)。
4.まとめ
消えそうな言葉がある。
これは必ずしも悪いこととは限りません。
10年前の状況は食育基本法ができてから数年しかたっておらず、「食育って何?」という状況でした。
そのころの食育には食事バランスガイドや地産地消といった概念が必要だったのかもしれません。
当時の食育活動は「食育とは何か」の説明から始めなくてはなりませんでした。
そのために「食事バランスガイド」や「地産地消」という言葉が使われていたのです。
しかし10年たった現在は「食育って何?」という人はほとんどいないでしょうし、「地産地消って何?」という人もほとんどいないでしょう。
地産地消という言葉が普及したかどうかは別として、「地元で作られたものを地元で食べたい」という考え方はとりたてて珍しくもなくなっています。
食事バランスガイドについても同様で、「食事バランスガイド」という言葉が普及したかどうかは別として、「食と健康には密接な関係がある」という考え方は広く定着しているように思えます。
つまり「食育とは何か」については、もはや面倒な説明をしなくてよいのです。
ITの世界でいうと
- パソコンを売るのにインターネットとは何かを説明しなくてもよい
- スマホを売るのにアプリとは何かを説明しなくてもよい
というのとよく似ています。
今後の食育活動は
「食育とは何か」については説明しなくてよい。
もう知っているから。
という社会環境を前提としたものになっていくはずです。
これは発想を広げるよいチャンスです。
次の段階に進む、ということでもあるでしょう。
食育とは何か、についての基本的な知識はすでに定着していると考えられるので、それを土台に新しい食育活動(食育の活動モデル)をどんどん生み出すことができるからです。
(※)参考:「機能性野菜(高機能野菜)」
(※※)グラスフェッド・バターとココナッツミルクをコーヒーに入れたものを「防弾コーヒー」と呼び、数年前アメリカでブームになりました。
検定試験を受けるのにメールアドレスの登録などは必要ありません。
合格者全員に進呈:「食育活動スタートアップガイド(PDF)」